メトリズムを作った話|「テンポを刻む」だけの道具では、リズム感は育たなかった
目次
リズム練習そのもののやり方は「リズム練習のやり方」にまとめました。この記事は、そこで使う道具を作った側の話です。
メトロノームを持っているのに、合奏では合わない
メトロノームはどの練習室にもあります。無料のアプリもいくらでもあります。それでも、合奏で「走ってる」「もたついてる」と言われる人はいなくなりません。
理由は単純で、メトロノームは拍を刻む道具であって、リズムを教えてくれる道具ではないからです。
拍のアタマは鳴らしてくれます。でも、拍と拍のあいだをどう割るのかは鳴らしてくれません。付点のかかり方も、タイの伸び方も、ハネの度合いも、全部こちら任せです。そこが曖昧なまま速くしていくと、曖昧なリズムが正確に速くなるだけです。
しかもやっかいなことに、そのズレは本人には聞こえません。メトロノームに合わせて叩くと人は少し前のめりになりますが、自分の出した音とクリック音が頭の中で1つに混ざるので、ズレていること自体が自分には聞こえない——このあたりは別の記事に研究つきでまとめました。
つまり、必要なのはもっと正確に拍を刻む道具ではなく、リズムの形を目に見せて、正解の音を鳴らしてくれる道具でした。それが無かったので作りました。メトリズム(Metrhythm)です。
出発点は、3つのアプリを行き来する面倒だった
もっとも、作り始めた直接のきっかけは、もっと地味な不満でした。
練習を始めるとき、私はいつも3つのアプリを開いていました。テンポを刻むメトロノーム、詰まったところのリズムを確かめる何か、そしてチューナー。
この3つは「ずっと使い続ける」ものではありません。数十秒おきに行ったり来たりする道具です。切り替えるたびに片方の音が止まり、テンポの設定は引き継がれない。練習そのものより、この往復のほうが集中を削っていました。
「3つが1画面のタブで並んでいて、テンポを共有していればいいだけなのに」——最初に考えたのはそれだけです。メトロノーム・リズム練習・チューナー/基準音を、下のタブで行き来できるようにまとめました。
「リズム練習ができるアプリ」が、そもそも無かった
ところが、真ん中の1つでつまずきました。
作り始める前に既存のアプリをひととおり試したのですが、「メトロノーム」という名前のアプリのほとんどは、テンポを刻む機能しか持っていません。
でも練習で本当に困るのは、テンポが分からないことではありません。自分が弾こうとしているリズムが合っているのか分からないことです。
- 付点8分+16分と、3連符の最初2つをつなげたリズムの違いがつかない
- 小節をまたぐタイが、実際どう聞こえるのか思い出せない
- ハネ具合が中途半端な曲を、どのくらいハネさせればいいのか分からない
こういうとき欲しいのは、音符を並べて、譜面で確かめて、そのまま鳴らせる道具です。楽譜作成ソフトを使えばできますが、1小節を確かめるために立ち上げるには重すぎる。ここが空いていたので、埋めることにしました。
入れた機能はこれだけです。
- 音の長さ:全音符から32分音符までの音符と休符、付点(×1.5)、タイ、3連符
- 拍子:4/4・3/4・2/4・6/8・5/4(6/8は付点4分を1拍として数えます)
- 譜面の自動整形:小節をまたぐ音符は自動でタイに分かれ、同じ拍の8分・16分・32分は連桁でつながる。3連符には「3」の囲みが付く
- 再生:ループ、1小節のカウント・イン、メトロノームの重ね、ストレート⇄ハネ(スウィング)の無段階調整
- 保存:名前を付けて50個まで。テンポとハネ具合も一緒に覚えるので、翌日も同じ条件で再開できる
- 受け渡し:
4/4:q,q.,e,rq,te,te,teのような短い文字列としてコピー/貼り付けできる
最後の「受け渡し」は、あとから足した機能です。合奏で揃わない箇所というのは、たいてい自分だけの問題ではありません。パートの全員が同じところで違うリズムを弾いていることのほうが多い。その場で組んだリズムを文字列にして渡せれば、次の合奏までに全員が同じ正解を聞いてこられます。
譜面の自動整形を入れたのは、置いた音符が譜面として読めないと確認の道具にならないからです。8分音符が4つ並んでいるのに旗がバラバラに立っていたら、拍のまとまりが読めません。
逆に音の高さは扱わないことにしました。音程まで入れると楽譜作成ソフトになってしまい、「1小節をさっと確かめる」ための軽さが消えます。リズムだけに絞る、というのがこのアプリの設計上の決めごとです。
拍がズレない作り方
技術的にいちばん考えたのはここです。少しだけ中身の話をします。
メトロノームを素直に作ると、こうなります。一定時間ごとにタイマーを起こして、起きたら音を鳴らす。
これで一応動くのですが、問題があります。タイマーが起きる時刻には必ず揺らぎがあることです。OSの都合、他のアプリの負荷、省電力の制御——数ミリ秒遅れるのは普通に起きます。音を鳴らす命令はタイマーが起きてから出るので、その遅れがそのまま拍の位置のズレになります。
リズム練習の道具としては、これは致命的です。別の記事に書いたとおり、練習する人自身の「前のめり」が30〜50ミリ秒あります。そこに道具側の揺れまで乗ったら、何を直しているのか分からなくなります。
なので方式を変えました。拍ごとに音を鳴らすのをやめて、1小節ぶんの音を丸ごと作ってからループ再生するようにしています。
こうすると、拍・裏拍・アクセントの位置は「タイマーが起きた時刻」ではなく音のデータそのものの中の位置になります。再生が始まってしまえば、あとは一定の速さで読み出されるだけなので、鳴らし続けてもズレが積もりません。
| 何を | どのくらいの誤差か |
|---|---|
| クリック音のループの長さ(テンポ20〜300のすべて) | 0.02%未満 |
| 基準音の周波数 | 0.01セント未満(自動テストではさらに厳しく0.005セント未満を確認) |
どちらも自動テストで全テンポ・全周波数について検証しています。作った本人が耳で聞いて「たぶん合ってる」と言うより、数字で固定してしまうほうが確実です。
チューナーを同じアプリに入れた理由
3つ目のタブがチューナーと基準音です。これは冒頭の「行き来が面倒」の、直接の原因だったところです。
- マイクで音の高さを測って、音名とセントのズレを針で出します。A1(55Hz)から約1200Hzまで。読み取れない音のときは針を振らせません
- 基準ピッチは440 / 442 / 443Hz
- 基準音はA・B♭に3つのピッチをかけた6種類。鳴らしたまま切り替えると、そのまま次の音に変わります
442Hzと443Hzを入れたのは、吹奏楽やオーケストラの現場でこれが要るからです。440Hz固定のチューナーは、その場では使い物になりません。
音は全部その場で作っている
内蔵の11種類の音(クリック3種、ウッドブロック、リムショット、ティック、ビープ、ベル、カウベル、ハイハット、キック)は、音源ファイルを持っていません。周波数やノイズの量、音の減り方といった数字だけで表して、その場で合成しています。
これは軽くするためだけではありません。音源ファイルを再生する方式だと、さっきの「1小節ぶんを丸ごと作る」やり方と相性が悪く、テンポも周波数も細かい単位で作れるという利点が消えてしまいます。
そのうえで、自分の音も使えます。スマホの中のWAVを読み込むか、マイクで録音するかして、内蔵の音と並べて割り当てられます。取り込むときに音量やアタマの無音をこちらで整えるので、選ぶだけで拍に乗ります。波形を見ながら1発ぶんを切り出すこともできます。
音は「拍・音符」「アクセント」「裏拍」の3つの役割ごとに決めます。メトロノームとリズム練習が同じ設定を見るので、タブを移っても音が変わりません。
なぜ無料ではなく、¥500の買い切りにしたか
ここは正直に書いておきます。メトリズムは¥500の買い切りで、無料版はありません。
理由は、無料にすると成り立たなくなるものがあるからです。
メトロノームは鳴らしっぱなしで使う道具です。そこに再生中に割り込む音声広告が入ったら、拍を数えている最中に集中が切れます。バナー広告でも、テンポのものさしを操作する指の近くに置かれれば誤タップします。広告と、拍を数える道具は、設計として両立しません。
かといって月額にすると、アカウント登録と通信が必要になります。それも避けたかった。結果として、買い切りが残りました。
いまの状態はこうです。
- 広告:なし
- アプリ内購入:なし
- アカウント登録:なし
- 使用状況の収集:なし
- 通信:しない(Androidのリリース版に、そもそもインターネット接続の権限が入っていません)
マイクは録音とチューナーを使うときだけ動いて、録った音は端末の中だけに残ります。
¥500が高いか安いかは使う人が決めることですが、その代わりに余計なものが何も付いてこない、というのがこのアプリの立ち位置です。
できないこと
自分の作ったものなので、できないことも書いておきます。
- 音程の練習には使えません。リズム練習の画面は音の高さを扱いません
- 曲に合わせる機能はありません。音源を読み込んでテンポを検出する、といったことはできません
- ポリリズムを同時に鳴らすことはできません。鳴らせるリズムは1つです
- 表示できる言語は日本語・英語・韓国語の3つです
「メトロノームとリズム練習とチューナーを1つにまとめて、余計なものを付けない」という範囲に絞った結果です。
ダウンロード
iOS は 15.0 以上。Android と合わせて¥500の買い切りで、広告・アプリ内購入・アカウント登録はありません。
機能と画面をひととおり並べたページを別に用意しました → メトリズムの製品ページ
道具より先に、練習のやり方のほうが効きます。そちらは「リズム練習のやり方|メトロノームに合わない原因と、アプリでの直し方」に書きました。

